空の広さ、わたしのかえる場所

 

家、家について考えてる。

次か次の次の更新で引越ししようかとぼんやり頭の隅にあった、のだけど先日の帰郷でいろいろあって、それはやめようということになった。

なんで、ってまあ、ここがわたしのほんとうの住処ではないなら、もうずっと家(仮)のままなら、この土地に骨を埋めたいということでないならば、ほんとうの住処であるべき場所に、骨を埋めたいと思っている場所に家を買えばいいんじゃん、と思ったから、なんだけど。

 

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家買うとか土地を買うとか、自分の人生設計のうちにひとつもなくて、ずっとここじゃないと思いながら生きて、暮らして、死んでいくんだろうと思ってたんだけどさ、別に死ぬまでここら辺にいたいわけでも、育った場所に帰りたいわけでもない、なら終の住処というのを自分で得てもいいわけなんだよなーと気づいた、んですよ。両親の住む家に帰りたい思いはあるけどあの土地にわたしは馴染めないし。

 

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都会の地代や家賃、まじで頭がおかしいとしか思えない価格で、まあ今それを払って暮らさせていただいているわけなのですが、こんなもの(こんなものと思うかどうかは人によるけどわたしにとっては「こんなもの」です)、死ぬまで払い続けるの?本気?正気の沙汰じゃなくない?と思っている。というのもあるし、今はエンタメに頼って生活を人並みに営めているので仕方ないと思うんだけどゆくゆく、10年後20年後その先、ずっとこんな調子ではいられるかもしれないけどいたくなくて、自分の生活をエンタメにしたい思いはあって、じゃあ自分の家を持つのが手っ取り早いじゃん、土地とか買える価格の場所で買えばいいじゃん、と思って、先日の帰郷で会った有識者たちに問うたら「いいんじゃん?」とのこと、だった。ですよね。

 

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人の命は永遠じゃない、ということは帰る場所があることも永遠じゃないということなので、それを現状引き延ばしにするためには志を同じとする人たちの中でいちばん若いわたしがそこを買うというのは考えようによっては必然なんですよね。

そうできるように、うまくやっていこうと思います。5年前には伝えますのでご了承ください。

 

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まあこんな空の狭い場所に住んでる場合じゃねえよな、冷静に考えて。

 

骨を埋めたい場所からまあまあ離れた函館の空を決意表明に変えて。

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仮の住処も都だけどね

こんばんはこちら朔。

 

帰ってきて、ぼんやりとしていたら平日水曜が終わって、帰ってきて、お風呂に入ってラベンダールルルンを顔に乗せてぼんやりとしていた。手元にあるネイビーのマグに注いだ温かいほうじ茶だけが現実。

 

帰り道にTVerで通称けもなれを見ていたら涙が出てきた。涙の意味?つらいとかつらくないとか、わたしもこんなことがあるとかないとか(ない)、気持ち悪い笑顔とか真顔とか、そういうことではない。こんなことがまかり通る世界に生きていることに対しての涙だった、と思う。だから早く「帰らなきゃ」なと思った。わたしの帰るべき場所は絶対にここじゃない。けど、とりあえず仮の住処に帰ってきた。

 

今クールはドラマよく見れてます。日常のささやかな緩急になるのでドラマはすきだけど、最近テレビをつけて何かを見ることがとても億劫になってしまっていてどうしたものかな、と。つかれるんだよね、見たくもないCMや聞きたくもない音楽その他諸々に対して心が1mmでも動くことが、つかれる。だだっ広い空に永遠とも思えるまーーーっすぐな道を旅してきた後だからなおさら。

 

旅のことはそのうち、まあそのうちまとめたりまとめなかったりするでしょう。そんなことより今日、とりあえずあたたかくして寝ることが大切。帰るべき場所に帰ることが叶うように、そのために働くし、そのために生きる。

 

おやすみ今日、それでは来週それまで。

 

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何色の空を飛ぶ夢を見るの

おはようございますこちら朔、上空からお届けします。

 

ここ何年か、すっかり秋の北国へ帰ることが定例化している我が家ですが今年も例に漏れずただいま帰路です。

旅にまつわる話とか、わたしと北国についての話とか、したいことはしたいんだけどWWWに載せる話でもない(と自分では思う)し、それ以上にわたしは自分の内側の話をするのがとことん苦手、もはや苦痛のレベルなのでできませんが暇なのでエディタを開いている次第。

今日の上空は不思議ですね、早雲や積雲の上に巻雲が広がってるんですけどそれが機上にもあって雲の狭間を飛んでいる。なので非常にスピードがわかる仕様になってて怖い人はこれだけで怖いんだろうなと思いつつ眺めています。写真はそのタイミングじゃないけど。

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飛行機に乗っている時に海の曲を聴くとすごく不思議な気分になります。最近またシーラカンス/Mr.childrenばかり聴いていて、今も聴いてるんだけど、七色の海を泳ぐ夢を見ているわたしは真っ白と青の狭間にいて、到着地を踏む瞬間のことを考えている。自分が陸海空、どこにでも存在していてでも地に足はついていないという瞬間は飛行機に乗っている時しか味わえなくてだいすき。

飛行機、0歳から毎年乗っていてもうありがたみ……というかあの妙な高揚感、みたいなものは正直感じなくなってるんだけど、機体そのものへの愛とか執着とか、モノレールに乗って空港へ向かう道中とか、搭乗機を眺めながらコーヒーを飲む待ち時間とか、いろんなタイミングや場所に相変わらず「すき」しかなくて、何なら未来行きの航空券が手元にある状態でしあわせを感じられるくらいなんだけど、って悪化してない?これ。乗るぞー!わくわく!の方がライトだよね……。

エンタメのオタク辞めたら絶対航空オタクになるのは目に見えてて、確実に望遠レンズに給料が飛んでいくんだろうなとわかっているから踏み出せないところがある。Instagramはそのいつかが向いてる欲求を抑えつつ昇華してくれるのでありがたい……航空機オタクの投稿見てるだけでしあわせだからね……。

でも航空機、そのものもすきだけど旅自体もすきだし、国内まだまだ未踏の地ばかりなのでそっちにオタク心がシフトしたら修行しようかなと思っている……これはそのうち実現されてそうでこわい……。

 

久しぶりに777に乗れてうれしいです、HND-CTS便が無事に離着陸できる今日でよかった。

先月から地震のこともあってフライトレーダーばかり見てたな、KIXもはやくフルで通常稼働できるようになるといいな……。

9月の地震、あの日は推しヒップホップグループのMVが朝早くに公開になるっていうからその時間に目覚ましかけてて、4時に起きたらいろんな情報が飛び込んできてそれどころじゃなくなって、親族に連絡して全員から返事がきたのが2日後で、その2日間、ほんとうに何も手につかなかった。目に映るもの耳に届く音すべてに心がとげとげしてしまって、移動中はイヤホンを耳栓がわりに目をつむってじっとしていることしかできなくて、食べたか食べてないかもわからないくらいだった。2日目の会社からの帰り道、札幌にいる親族から無事ですと返事がきて、ようやく息が吸えた気がした。その時ようやく自分が空腹であることを自覚できたし、何を見聞きしてもダメだったのにSMAPの25YEARSアルバム聴いたら電車に乗ってたのにぽろぽろ涙が出てきて、最寄り駅まで随分あったのにずっと止まらなかった。

っていうこともあったなあ、と1ヶ月と少し経った今ようやく平常心で振り返れる、くらいにはわたしにとって北国は大きな存在で、そこに大切な人たちがいることがわりと生きてる理由なんだなあと思ったりもしたけどこんなことはないに越したことはないですね。

今回も北の大地を周遊するみたいなので行く土地土地でちゃんとお金落としていこうと思います、わたしにはそれしかできない。どこにいる任意のみんなもちゃんと無事に生きててください。

 

とシートベルトサインが点灯してもなお、わたしはこの休暇、どこでどう過ごすのか知らされていないので何色の夢を見せてくれるにしろわたしはわたしを取り戻すためにこの旅中も精一杯生きようと思います。

 

それでは、また来週それまでHave a goodtime!

 

https://www.instagram.com/p/BoxMcqBh9n_/

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シーラカンス

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SMAP 25 YEARS (通常仕様)

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