ふつうのこんやのことを


スーパームーンです。でした。0:47。

最近は映画も見てないし本もあまり読めてなくて自分に返ってくることをほとんどできていない。だから言葉も足りないし感情もすかすかなんだけど、スーパームーンのことは覚えてた。リマインダーに入ってた。入れた過去のわたしえらい。


いろんなことを考えてはいるけどいかんせん言葉が足りないからアウトプットできないまま寝て起きてを繰り返しているからつまらないなあとおもう。


でもやっぱりさっき、スーパームーンを、月と星座を見てて浮かんだのは先生だったからしばらく優先順位は1位のまま見続けていようとおもう。先が短いものだからっていうのももちろん、あるけど、悲しいけど事実だから、あるけど、今のわたしのいちばんはいまのところ先生だという話なので、神さまが神さまじゃなくなるまでは見ていようとおもう。


先生、スーパームーン見ましたか。先生の目に映るスーパームーンはきれいでしたか。言えないんですよね、先生に対して、「月がきれいですね」なんて。わたしの世界のふつうの夜では少なくとも月よりきれいなんですもん。だから、先生から見た月がきれいだったら、いいなあとおもいます。


12月4日のふつうのこんやの徒然話。おやすみ。


雨、昨日の夜、東京

最近太陽を見ていないからかうまく息ができない。

終わりのない曲がすきでぐるぐると聴き続けている。BlackbirdにIn My Life 、Strawberry Fields Forever、 ForevermoreにRoam Around。終わらない。プレイリストに混ぜ込んでぐるぐる、ぐるぐると同じ景色を歩き回っている。何者にもなれないわたしが、変わりもしない景色をきれいだきれいだと言い続けている。

今日、めちゃくちゃ凪。

何も自分の感情の内側に入ってこなかった。

やらなきゃいけないこともたくさんあったはずなのにすべてを後回しにして布団にいる。

飛び立つべき空も知らないのにその瞬間を待っている鳥のように、羽を閉じて暗闇に身を紛れ込ませて、静かに息をしている。相変わらず起きるべきではない明朝に目がさめるし、夜も寝つけないことも多い。輝くような微睡がほしい。そのまま起きないでいいなら、その方がいい。

絶対的なことなのに時々忘れそうになってはっとする。

わたしはわたしの物語の主人公であること。

語弊を恐れずに言うのならわたしはわたしがしあわせだったらあとはどうでもいい。ただわたしのしあわせはわたしだけのしあわせでは成り立たないから厄介で、わたしのしあわせのためにわたしのしあわせが蔑ろになってしまう瞬間がそれなりにあってむずかしい。わたしのしあわせ以外ぜんぶ余談だとわりきれればいいのに。

明日、現時点で、わたしが生きる世界で、いちばんきれいな人が板の上に立っている様をこの目に映してしまうらしい。

板の上というのはどうにも不思議な空間で、ライブのステージともコンサートのバミリの上ともぜんぜん違う。

立っているのが「その人」ではなく「その人が演じる誰か」なのだからあたりまえではあるのだけど。あの不思議な空間に、わたしの世界の神さまが立つ。花火が上がるわけでもなく、一生かけて守りたい特別な場所でもない。ただ、借り物の板の上に、その人ではない誰かが立つ。でも、その世界の秘密を守りたい。大人は秘密を守る。世界の秘密を。

なにもかもを手放して、きらめきのまどろみだけを抱いて秘密を共有できたらいいのにね。

っていうわたしの、後悔と未練のはなし。

『幽劇』初日によせて。

世間でいう立派な大人かもね

まぶたをあげる。

休みの日なのに8時には目がさめてしまった。つい何週間か前までは短針が12を回ってもまだ起きなかったというのに。とりあえず身体を起こして、瞬きをする。

カーテンを開ける。

引っ越して大きくなった窓から見える少し近くなった空が青で自然と口角があがる。今年も晴れ女だ。目がさめてから顔を洗うまで、眼鏡をかけないから朝イチの空はいつも鮮明ではない、から遠くの電線のその奥に、風船が見えた気がして少し笑う。何分か前に見た青いアイコンの中での景色だ。

窓を開ける。

レースのカーテンに潜って、不鮮明な世界のまま鍵を下ろして少し重たい窓をひく。途端に土曜の朝の空気に乗って、隣家のコーヒーの香りが流れ込んでくる。ひさしくコーヒーを淹れてないな、と思いながら外を一瞥して息を深く吸う。吐き出した息は昨日のものとは全然違う。

蛇口を開ける。

浄水ポットの水が足りないことに気づける余裕はある。余裕がなくなると水がいつもないし足の爪が伸びっぱなしになった。去年の夏の話だ。今は大丈夫。水が落ちるまでにすこし、時間がある。浄水ポットを定位置に戻して顔を洗う。柔軟剤の香りがする手ぬぐいに顔を埋めて、それだけでいいじゃないかとすら思う。

ふたを開ける。

平日の朝はコーヒーをゆっくり淹れられる時間をまだ作れていないから、もっぱらドリップは週末の朝のたのしみになっている。そういえば毎朝窓を開けてもコーヒーの香りがしたことはなかったから、どこかの誰かも同じなのかもしれない。まだ運命のミルに出会えていないから、今年は出会いたいな。フィルターにコーヒー豆を入れて、お湯をすこしずつ、くるくると注ぐ。ちいさく、ゆっくり、まあるく。そうやって生きてたい。

コップを空ける。

コーヒーはすっかり飲みきってしまって、ぼんやりと外を眺める。ベランダでコーヒーを飲むのは朝でも夜でもめちゃくちゃ「いい時間」を過ごせる。こうやってすこしずつだましだまし、甘やかしながらでもわたしは生きている。いいと思う、それで。

袋を開ける。

誕生日プレゼントが届いた。母から。布団カバー。白と黒の。すきなブランドの。明日の朝付け替えようと思う。すべすべのシーツ。手紙はない。いつもどおり。大切なことは紙に残すなって教わった、残しても自分の手で無に帰すのがルールだって。わたしの日記はいつまでも増えない。

瞳を閉じる。

いろんなことが浮かぶ。今日のこと、先週のこと、先月のこと去年のこと。その前も、昔も。見えないのはこれからだけで、あんしんする。わたしはもしタイムマシーンがあっても過去にも未来にも行きたくなくて、強いていうなら「あの時のあれをもう一回見たい、食べたい」とかで、ぜんぶ、大丈夫、これまでもこれからもぜんぶわたしなので大丈夫です、と思っている。

いろんな予想できないこと、予想外のこと、想像以上のこと、ほんとにいろいろあったけど、今こうして立って、歩いて、生きてるから、大丈夫、です。

いくつかパラレルワールドは閉じてしまったし閉じてしまうし閉じていってしまうんだろうけど、わたしにはわたしがいるから大丈夫。

みんな、わたしを大丈夫にしてくれてありがとう。サイコーの運命です。もうしばらく運命につきあってください。

扉を開ける。

玄関を開けて、外に出る。相変わらず空は明るい。わたしの未来のしあわせは、わたしがどうにか育てていくので、大丈夫。ぜったい、大丈夫だよ、未来のわたし。

23歳、まあまあ素敵に、けっこう平和に、わりと元気に、適度に適当に生きていこうと思います。

Just only stars blinking always breathe in …?