思い出のうちにあなたはいない

 

めちゃくちゃたのしく人生生きてるつもりだけどどっかではたぶん絶望しかしてなくて その絶望が表立たないのはわたしの何かがどうこうではなく「この人が生きてる世界ならまあいいか」という気持ちがあってそれを時々思い出す瞬間があるからまだ生きてる ってだけなんだろうな

映画を見たりドラマを見たり本を読んだり音楽を聴いたりコンサートに行ったり何かを買ったりすることそのものとそこから思い出す誰かが「この人」

その「この人」が増えていくのもまた人生なんだよな と最近思う この1、2年でそれまでの10年間とは比べ物にならないくらいいろんな人をすきになって嫌いになって今を生きている

そんな「この人」率がいちばん高いのはずっと神木なんだよな 神木の仕事ぜんぶがクリティカルヒットというわけではないし何もかもがわたしのその、「この人が生きてる世界なら」という気持ちを打つわけでははないんだけどハウルとかLittle DJとか探Qとか桐島とか 打ったものの波が長いのも神木なんだよなあ 不思議なことに

わたしたちよく生きてきたよね 今日までさ って思うのも神木くらいかな よく生きてきたよ あの時死ななくてよかったよね ってハウル見るたびに思う 死を見かけたタイミングも理由もまったく違うけど わたしは生きててよかったと思うよ これからもよろしく、様々なことを自分の感情にいれたりいれなかったりしながらいつまでも生きて、こちらも生きますので

これは約束、それでは明日からもはりきってどうぞ

 

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久しぶりにハウル見てあ〜〜ってなったのをツイッターの下書きに投げてたんだけどまとまらないままあの場所にあるのもそわそわするので散らかしたまま残す 

矢印が南を指す

 

こわ。Amazonが「 方位磁針」をおすすめしてきた。 恐怖でしかない。

 

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だってわたしはさっき読み終えた本を横目に、あなたがいなくなる未来でわたしはどちらの方向にどこを目指して歩いていけばいいんだよ、と思っていたから。どこへ向かえば、何か「大きくてあたたかくて柔らかいもの」にたどり着けるんだろう。果たしてあなたがいなくなったわたしの世界で、わたしは南を南として認識することができるのだろうか。いっそのことわからなければ、適当に歩き適当に諦め、適当に死んでいけたというのに、太陽は東から昇り、空を赤く染め闇に戻すその作業が滞りなく行われる世界じゃあ、南がわかってしまうんだよ。いっそのこと、空が永遠に青ければよかったのに。永遠に青く、  澄んでいて、ときどき手のひらからこぼれ落ちたような砂が風に流されるがごとく薄い雲が遠くに霞みがかる空であったなら、わたしは南も、西もわからずにそこで土に還ることが叶ったかもしれないのに。

 

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国境の南、太陽の西』を一晩で読み切った朝に書いたもの。下書き供養。「あなた」、とは。

 

国境の南、太陽の西

国境の南、太陽の西

 

 

 

 

 

 

春の夜の夢にしない

 

▽201804132237

23歳のわたしを東京に置いて旅立つといういささかドラマチックなことをしている今年の誕生日です。puzzleの初日以来かなあ、行きたい現場の被った誕生日は。

わたしが誕生日に「誕生日です!」と宣言するのは祝ってほしいことに他ならないし、まだ生きてる!やったー!ありがとう!生きねば!の思いが強いんですけどそれ以上に、わたしはわたしの誕生日がだいすきなんですよね。

 

4月15日という日付が、まずだいすきだし(よいこの日!)、何より4月がすき。字面もそうだし、春という季節、冷たい風吹く紺色の夜、空色という名に違わぬ朝の空、眩しすぎないあたたかな陽射しにカーテンを開ければ、外を歩けば見える白や薄桃色のさくら!

 

さくらがすきです。ずっと。ドンピシャのさくら味やさくらの香りとはあまり出会えることはないのだけど、さくらと言われれば食いついてしまうし、さくら色と言われれば似合わないとわかってても手にとってしまうし。いちばんの人はさくらの歌をうたってコスモスの咲く季節に去ったけど、わたしはさくらがすきだよ。コスモスもさくらだからまあ、さくらじゃん、ね?

 

15日、の字面ね。15日は4月といちばん合う組み合わせだと思う。自意識なんですけど。4+1で5という収まりのよさとか、偶数/奇数奇数のバランス感とか。「よんいちご」も「よいこ」も「しがつじゅうごにち」もぜんぶすき。エイプリルというサイコーな響き!April、LとRがわからなくなることもあったけどすきだな。どう?

 

あとはもう蛇足だけど、わたしはわたしのことがだいすきだから、誕生日もだいすきっていうだけ。歳を重ねることを嫌だという人もいるけど、わたしは一生年取りたい。当たり前なんだけど。いつだって年相応でいたいし、いつだっていちばんすきなのは今のわたしがいい。わたしはまだ、「あの頃はよかった」のあの頃を知らないし、まだまだ知りたくもないし、死ぬまで知りたくない。

23歳、なんか、「あずましくない」の一言に尽きる1年だった。あずましくない、は北海道弁で落ち着かない、とか居心地が悪いの意味なんだけど、ほんとうにこれだった。だから24歳、年女ということですが偶数と偶数でうれしい。落ち着いて過ごしたい。

 

 

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明日のわたし無理です!明日のわたしがむり!今日もめちゃくちゃだったけど明日もめちゃくちゃだ!明日のわたしがんばれ!

 

 

▽201804152319

いろんなことがあったけどわたしの人生はわたしがハッピーにする。わたしの4月15日は永遠にわたしのものだよ。誰にも渡しません。

ハッピーしかいらないわけじゃないけど、ハッピーは待っててもこない、そこらじゅうに落ちているものではあるけど拾おうという意志がなければ意味がない。誰かに振り回されて不幸だと嘆く暇があったら見える範囲のしあわせぜんぶ拾ってわたしはわたしをハッピーにする。

今日しあわせをくれた人たち、みんな、ありがとう。だいすきです。これからもだいすきでいたいから、とりあえず未来の方向を向いていようと思います。

 

 

 

「しあわせってなんだっけ」って聞かれたら、わたしは、あなたもわたしも生きている未来だって答えるよ。

 

 

HappyBirthday to me!

 

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プレゼントください♡ 

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